聖徒を助け、もてなせ

聖書箇所 ローマ12:13

 聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。

 不思議なものである。わたしたちは、日々に必要なものをお与えくださるようにと、神に祈る。それは、父なる神だけに可能な憐れみであり、信じる者はそれぞれに、それがなければ一日として生きられない者、恵みに頼ってのみ生きられる者として、それをするようにと主から勧められている。しかしパウロはここで、わたしたちが互いに聖徒として、特に孤独と貧しさ、旅路と当てのなさにある者に対して、自分にあるものを分け与えるように、と言うのである。

 だが注意せよ、ここで使徒が指しているのは、まことの聖徒のことである。すなわち、自分たちの属している組織や地位、その待遇に満足して、互いに相手を褒めつつ認め合う、ぬるま湯の平和の中に浸かり続ける者たちのことではなく、福音と罪の現実に生きるために、自ら旅に出、この世の貧しさと主にあることの孤独に生き、旅人のようにさまよいつつも、常にキリストを愛して、信仰に生きている者たちのことなのだ。

 彼らこそは、まさに厳しく必要に迫られている。そこは、伝道と宣教、恵みと罪との戦場だからだ。その様相を表現すれば、彼らはとても聖徒のようには見えず、寄る辺のない、飢えた、裸の、投獄され、殺されようとしている人間である。彼らは、人間の助け、神の導きを必要としており、しかも自分ではどうすることもできず、ただ耐えている。世は、この人たちがこのようであるのを当然の報いであるとし、邪悪なならず者のように見ているだけである。

 見よ。
 彼らこそ、キリスト者である。キリストの似姿をもって、キリストの欠けたところ(!)を補う者たちだ。主は裁きの日に彼らを連れ出し、「この者たちにしたことが、わたしにしたことである。彼らにしなかったことは、わたしにしなかったということだ」と言われる。そのとき、あらゆる偶像崇拝者、金に頼む者、教会や牧師を崇める者たちは、神の前でその恥ずかしさと恐ろしさに打たれ、あまりの不面目に顔を上げることもできなくなる。

 友よ。
 彼らをこそ、もてなしなさい。神の言葉をもって励まし、心身の世話をしてあげなさい。彼らこそは、あなたと共に、あなたに代わって、無常の荒野に神の道を作り、自らこれを広げ、十字架の光を掲げて進む者たちなのだ。

by PSALM23-6 | 2026-04-09 19:05 | 新・一日一話 | Comments(0)
<< 強くなりなさい 神は分け隔てしない >>