聖書箇所 ヨハネ8:52
わたしの言葉を守る者は、
いつまでも死を味わうことがないであろう。
死。それは、人類の中で誰も免れたことのない、大きな傷、最悪の欠けである。人間の行動と志向のすべてを、最終的に支配するのは、このものである。もし、これをもはや気にかける必要がないほどに、わたしたちを癒すことができるとしたら、それはまことに、偉大で優れた力であるに違いない。この世がこれを信じることができれば、神の言葉のゆえに、自分自身のこれまでを恥じて、己を引き裂いてしまうだろう。
がんや不治の病を癒すことのできる薬や医術を、人間は、どんなにかけがえのないものと考えていることだろうか。人は死から逃れるためならば、それらに信頼し、駆けずり回り、あらゆるものを賭け、全力を尽くす。しかし、すべての病気や苦悩、困窮と共に、死さえも取り除く宝がある、と主ご自身や信仰者が主張しても、世界はまったく相手にせず、認めないのである。至高の神、永遠の真実を持たれる主だけが、真にたたえられるお方であられます。
キリストの言葉を守るということは、御言葉であるその方ご自身を信じ、どこまでも受け入れるということである。あなたがそのように、しっかりと信じることができれば、主イエスに信頼して疑うことがなくなるほど、あなたは死を通過する際、その脅威や恐れをわずかしか感じないことだろう。「死を味わうことがないであろう」。
死をその苦しみの極限にまで味わったお方が、あなたを救ってそう言われるのである。それは、確かなことなのだ。あなたの信仰が弱まり、疑いや憂鬱が増せば増すほど、それだけ多くあなたは、死の力やその勢いに飲み込まれることだろう。主と共に死を経過することを、信じる者は希望をもって経験することができるのだ。死に打ち勝たれた主が、その信仰にふさわしい快活さを持ち続けることができるよう、わたしたちの信仰を強めてくださいますように。